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キュートなえくぼに恋してる

MORSEを観劇して ~つらつらと感想を~

12月10日(木) 19時開演のMORSEを観に行ってきました。

まとまった感想を書きたかったのですが、とっちらかって読みにくい文章になってます。舞台以外に本、映画も混ざっての感想になってます。自分用の記録になります。

 

舞台は本や映画よりエリとオスカーに焦点をあてているので、より二人の物語として惹きこまれていくような構図でした。上下二巻もある長い作品なのでそれを約二時間半の舞台の中でするとワンシーンが流れていくようで、置いて行かれてしまうのかなとも思ったのですが、見せるシーンはしっかり見せていたので印象に残る場面が多く色んな事を考えながら物語を見ることが出来たような気がします。

 

◎モールス信号

最初に印象深かったシーンが冒頭部分のオスカーが必死にモールス信号を発信しているところでした。観ている時なんと言っているのか分からず、ずっと気になっていたのですが、後日、あのシーンでオスカーはSOSと発信していたと教えて頂きました。

舞台最初のシーンで観客に向けて必死な表情でSOSを発信するオスカー。オスカーは普段あまり自分の本心を言わず、自分の中にしまい込んでしまう子だと本や映画を読んだり見たりしていた時から感じていました。誰かに”助けて”と発したことがあったかな…?と思い返してみたのですが、オスカーが自分の口から「助けて」と言っていたイメージがありません。そんなオスカーですが、心の中ではずっと”助けて”と発信していたのだなと、言葉に出来ない思いをモールス信号という暗号でずっと発信していたのだなと思うと胸が詰まりそうでした。言わないから思ってないのではなくて、思っているけれど言えないのだと。たった12歳の少年が誰にも「助けて」の一言さえ言うことが出来ず、しかし本当はずっと誰かに”助けて”と発信していたのだと思うと胸がぐっと熱くなりました。

モールス信号でもう一つ、印象的だった場面が物語最後の電車の中のシーンで、エリが入った古い大きな木箱に向けて、オスカーがモールス信号で”エリ”と呼びかけるところです。オスカーの呼びかけに対し、木箱からもモールス信号で”オスカー”と返答があります。この場面のオスカーが穏やかで優しくて、見ていて切なくてでも少し優しくて余韻の残る最後でした。

モールス信号にはじまり、モールス信号におわる舞台の構成が好きです。本を読んだときにタイトルは「MORSE」なのにあまりモールスの印象が無く(確かにエリとオスカーにとって壁を隔てながらもモールス信号によって会話ができるという重要なツールではあるのですが)タイトルが「MORSE」である意味を私は計りかねていました。しかし、舞台のこの構成を見たときに、この演出であれば「MORSE」というタイトルが上手く生かされている気がして、すとんと私の中に入ってきたのが心地良かったです。

 

◎ブラッケベリ

本を読んだときに最初に印象に残ったのが物語の舞台であるブラッケベリという町の設定です。ブラッケベリは人々が近代的な町を求めてやってきた場所で自然にできたものではなく、全てが最初から注意深く計画された造られた町です。人々は明るい未来を夢見てこの町にやってきました。ただしこの町には一つ欠けているものがありました。それは過去です。ブラッケベリには歴史がありません。教会さえありません。それはブラッケベリがいかに近代的で合理的な町であるかを物語り、この町の人は歴史という亡霊や得体の知れない恐怖に煩わされることはないのです。(「MORSE」中の文章を要約、引用)

そういった場所でこの物語が展開されていくのです。外国の、しかも吸血鬼という現実ではない話でありながら、近代や合理性の裏に潜む各人の抱える闇が他人事ではなく身近に感じられました。

 

◎エリとホーカン、オスカー

そんな町に二人の人物がやってくるところから物語が始まります。それがエリとホーカンです。この町に来る前もホーカンはエリのために殺人を犯し血を集め、ばれそうになると町を移動します。転々と移動する中で今回オスカーの住む町にやってきたのです。

ホーカンとエリの関係が原作とはまた少し異なっているように感じました。原作ではホーカンはペドフィリアとして描かれていました。しかしこの舞台では今の状況を見ればホーカンは年をとっていて、エリは12歳のままですが、昔は恋人の関係があったようにも思えます。ホーカンが殺人を犯すことが最近失敗続きで上手く出来ないことを年をとったからだとするような場面があったように思います。又、ホーカンがエリに向けて愛しているというだけではもう駄目なのかというような内容のセリフを言うシーンがありました。もう駄目なのかということは、昔はそれで良かった時があったのでしょうか。

またこのシーンから、エリの生きる時間とホーカンの生きる時間が異なること、さらには後のエリとオスカーの将来のことを想像せずにはいられない場面でした。物語最後、今まで大きな木箱を運び旅をしていたホーカンに変わってオスカーが木箱を運ぶその後の様子を。簡単に重ね合わせていいものかわかりませんが、どうしてもオーバーラップさせてしまいます。

 

◎約束

約束は嫌いだ、いやだと頑なに言っていたエリがオスカーにもしもの時は助けに行く、約束するとはっきりと言う場面。物語の結末を先に知っていたこともあり、このセリフが最後のプールのシーンへの大きな伏線?というか大きく関連するところなのだなあと。(このセリフを聞いたとき結末を思ってすでに涙が出そうになったのは内緒です。)あれほど約束は嫌いだといっていたエリがオスカーに向けてはっきりと約束し、本当にオスカーを助けにやってくるのです。エリは人より長い長い時間を生きています。だから人間が言うずっとがほんの一瞬で、ずっと一緒に居ようねという約束が守れないことを知っています。約束が裏切られてしまうものだと知っています。だから約束という言葉を使うことにとても慎重なのかなと思いました。

 

◎天使

プールで息をとめて苦しむオスカーを引っ張りあげ助けたエリですが、ホーカンも又、エリに救い上げてもらった人物です。全てを失い絶望的な状況のなかで手を差し伸べてくれたエリをホーカンは舞台上で”天使”と呼びます。”天使”というワードを聞いて思い出したことがありました。プールのシーンでオスカーがエリによって助け出されその後、行方不明になるのですが、原作ではその場面を目撃していた人がエリの事をまるで天使のようだったと表現していたことでした。この場面と舞台でホーカンがエリを天使だと表現したところを知らず知らず重ね合わせてみていました。しかしここには大きな違いがあります。それはホーカンはエリを天使と表現しますが、オスカー自身はエリを天使に例えたことはありません。オスカーにとってエリはエリなのです。

 

◎ホーカンとオスカー

舞台では、よりホーカンとオスカーが重ね合わせて見える造りのなかで、原作よりもさらにホーカンはオスカーの存在を意識しているように思えました。原作でもオスカーとエリが中庭で話をしていると、あの子と会わないでくれという場面や、オスカーと交流することでエリの言動が少し見た目相応になる時があり、ホーカンがそのことに関してあまり良く思ってない場面があるのですが、ホーカンがオスカーを実際に襲おうとしていた所はなかったように思います。本を読んでいる時、これほどオスカーの事を意識しているのなら、いつか襲われてもおかしくないと、はらはらしながら読んでいたので、そういう場面がなく、あれ?と思っていました。なので舞台でホーカンがオスカーの後をつけ、オスカーを殺し、オスカーの血をエリに捧げようとする意志があったのをみて、すとんと自分の中に落ちたというか、ホーカンの立場ならそうしてしまう気持ちがなんとなくわかるような気がしました。

ホーカンがオスカーを襲おうとコインロッカーの中に隠れているときに、オスカーが恋とはどんなものかを先生に聞きます。好きな子が女の子じゃなかったと悩むオスカー。この話をコインロッカーの中で聞いていたホーカンはどんな気持ちだったんだろう…。

 

◎オスカーとエリ

印象に残っている風景が、雪が降る中、エリとオスカーが対角線上に向かい合い、照明によって二人を結ぶ一筋の線が表されている所です。エリとオスカーが無邪気に駆け回り遊ぶ姿を見るとほっこりした気持ちになりながらもどこか切ない気持ちになりました。ずっと二人とも笑顔で楽しく暮らして欲しいのに…。二人で音楽をかけて踊るシーンも、綺麗にターンして見せるエリと、ぎこちないながらエリと一緒に踊るオスカーに胸があったかくなると同時にこの幸せな時間がいつまでも続かない現実に切なさを感じ、目頭が熱くなりました。(アラベスクをするエリをリフトするオスカー好きだな~)エリがオスカーと遊ぶとき、12歳の顔になるというか、見た目相応になるエリがとっても可愛かったなあ。オスカーからモールス信号が書かれたノートをもらって、嬉しそうに両手でぎゅっと胸に抱えているエリの姿が最高級に可愛かった…。

オスカーがエリのにおいを嗅ぐシーンも好きです。エリのにおいを毎回表現豊かに言葉にするオスカー。それからエリは事あるごとに今日は臭うかをオスカーに聞くのですが、物語後半で臭いを聞かれたオスカーが「どうでもいいよ、君のにおいだよ」って言うんです。そのときのエリの嬉しそうな反応が可愛かった。君のにおいだとオスカーがエリを受け止めて、エリがオスカーに受け止めてもらったことを喜ぶところがとても可愛かった。

 

◎入っていい?入っていいって言って

入っていい?と毎回きくシーン、吸血鬼ならではの慣習なのですね。入っていい?と聞いて入っていいよと受け入れてもらうことを、物理的に部屋の中に入る事だけでなくて、相手に自分を受け入れてもらうことも含めて考えるとすれば、受け入れてくれるか分からない不安な気持ちは人間も変わらない、同じことではないかなと思いました。

 

◎”あれ”にはならない

オスカーに何者なのか聞かれた時にエリが”あれ”ではない、”あれ”にはならないって決めたと言うシーンがありました。”あれ”はつまり吸血鬼、魔物の事だろうと思います。吸血鬼は人の血を吸わないと生きていけません。原作にエリとは別の女性が感染してしまい、人間の自分と、自分ではない体の中に宿る魔物が混在し、葛藤している様子が描かれていました。吸血鬼として人の血を吸うときは人間の自分がどれだけ嫌だと思っても抗えず血を欲してしまう苦しさがあります。エリもずっとその葛藤の中で生きているのではないでしょうか。オスカーの前で血を飲んでしまったときにエリがはっと我に返る様子がみられたように思うのですが、エリの苦しみが表れていたような気がします。

 

◎居場所 

オスカーの母はアルコール中毒者で、男性不信。なので、余計にオスカーを自分の中に、自分の思い通りに、自分の箱に閉じ込めちゃう人で。母が作ったその枠の中で言いつけを守るオスカーはいい子で、その枠から外れた途端に母親はがっかりだと言ってしまいます。オスカーは母の元を離れて父の元へ行き、父に一緒に暮らしたいと言いますが、それは難しい事だと断られてしまいます。父は一緒に遊んでくれますが、恋人がやってくれば自分よりその恋人を優先します。母の所にも父の所にもオスカーの居場所はありません。どちらか選びなさいと言われ、どちらも選ばないという選択をするオスカー。どちらも選ばないと言った時のオスカーの表情は全てもう決断した潔さがありました。学校では昔は友だちだった子からいじめられ、先生だってオスカーの事をわかっている風に言うだけで実際わかっていません。大人になれば楽になると言うだけです。オスカーにとって心休まる場所、安心できる場所、オスカーがオスカーでいられる場所はもはやエリの隣しかなかったのです。エリの家に行ったとき、オスカーがここはなんだか安心するといったのが心に残っています。

売店のおじさんが原作とは異なり、オスカーの事を何かと気にかけてくれる優しいおじさんだったのが印象的でした。だから、オスカーがわざとおじさんが嫌がるであろうことを言い、おじさんにここに来るなと言わせたシーンが切なかった。オスカーがなぜおじさんにこんなことをわざと言ったのか私の中でまだ明確な答えが出てなくて少しもやもやする。おじさんに言ってはいけないと分かっていながらわざとからかうようなことを言うオスカー。エリと以前二人でおじさんを冷やかしにきたことを思い出したかったのかな…?おじさんにどんな反応をしてもらいたかったのだろう?オスカーは、おじさんが気を悪くし怒るとわかっていたはず。わざとここには来るなと言わせ、自分の居場所が無いと更に感じるようなことを、自分が傷つくことはわかっているはずなのに…。オスカーが足早に去っていく後ろ姿を、おじさんがお菓子を持って引き留めようとするところが見ていて切なかった。

 

◎全て

大きな木箱を足元に置き、オスカーが電車に乗っている最後のシーン。この大きな木箱の中に何が入っているのかと聞かれたオスカーは、色んなもの全てが入っていると答えます。このセリフを聞いたときに、どこにも居場所が無くて、自分が安心できる場所はもうこの中にいるエリだけで、エリの隣は自分が存在できる場所であって、色んなもの全てなのかなと思いました。

 

と、ここまでつらつらとテキトーな感想を書いてきましたが…。

舞台にいるのは正真正銘、12歳の少年、オスカーだった。そこには小瀧望ではなく、小瀧望が演じるオスカーということを感じることもなく、私が目にしているのはオスカーで、モールスの世界に私はいた。

逆さ吊りのシーンやプールのシーンなど体を張る演出が多くて、見ているこちらもはらはらと不安になり、苦しかった。役者ってすごいなあ…。これ毎回やっていたんだなあ…。

シリアスなシーンもたくさんありましたが、可愛らしいシーンもたくさんあって和むシーンも多々ありました。もう一度見たかったなあ、モールスの世界に浸りたかったなあ。二時間半があっという間で色んなことを考えさせられる作品でした。

公演が始まってからも度々セリフの言い回しを変えたりしていたというのを聞いて、のんちゃんがこの作品にしっかり向き合っていること、のんちゃんの作品にかける熱意が伝わってくるようでした。オスカーにまた会いたい、寂しいなと思わせてくれたのんちゃん、あっぱれです。これで公演は終わってしまうけれど、いつまでもいつまでも心の中にオスカーが、モールスという作品が生き続けるような気がしてなりません。モールスという作品に出会わせてくれてありがとう。初座長、とってもカッコよかった!!お疲れさまでした。